幼さという戦略 「かわいい」と成熟の物語作法 (朝日選書)

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「幼さ」のあふれる現代の日本。
漫画のキャラクターから生活小物に至るまで、
目につくのは無害で安心感の漂う
幼さ、弱さ、かわいさばかり。

消費文化の中心は善良な弱者たる個人の欲望で、
人々は「幼さ」を社会構造の中で強要されてきたと言える。
成熟して「大人」になるというライフサイクルは揺らぎ、
大人も老人も生涯を通じ「幼さ」を演ずる。

しかし、そんな「幼さ」が自ら声を持って語るとき、
独特の魔力をたたえた不思議な磁場が生まれることがある。

本書では太宰治人間失格』の弱さや
村上春樹色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の
依存性に注目しながら「幼さ」特有の
心理、美学、思想を確認し、その潜在力をさぐる。

谷川俊太郎武田百合子ルイス・キャロルに加え、
成熟や老いと格闘した江藤淳古井由吉も題材となる。

気鋭の文芸評論家が
精緻に幼さの語りの豊かな可能性を探る
興味尽きぬエッセイ。(amazon

↑ え、エッセイにされてら。笑

れっきとした文芸評論。ただ阿部公彦にしてはもう一歩踏み込みが足らなかったという印象。

 

「かわいい」は現代日本特有の語彙として語られやすいが、決してそうではない。有名な「崇高(=恐怖)」と「美しさ(=安心)」byバークの対比から言うと、美しさの延長線上にキュートさがあると位置づけられるし、それは13世紀イタリアで定着したソネット形式(=小さくまとまった甘美を表現)にも見出すことができる。ちなみに英語圏でも近年cuteについての注目が高まり、サイアン・ナイの「私たちの美の枠組み」は19世紀イギリスのdomestic realm(家庭が独立した価値観に支えられるということ)を統べる美意識としてcuteが生まれたと説いているらしい。

日本では枕草子にもその原典が見出され(これ吉岡洋先生も言ってましたね)、四方田犬彦の『「かわいい」論』では未成熟に美を見出す姿勢として挙げられている。土居の『甘えの構造』には未成熟さを前提とした相互依存という形で日本文化は保たれてきたとあるが、それに近い美学かもしれない。

阿部はそんな「かわいい」に対して、未成熟や幼さや弱さこそが人を支配し得る力になると言う。たとえば武田百合子の「覚えてるまま書く」方式については、完璧であるという前提を捨て叱られ許されることをふまえて自由に書く、という「やわらかい脱力」を受けとめる読者を要請すると言う。太宰の人間失格も、明瞭なことを避けておどおどする頼り無さこそがやわらかさを呼び、読者をひきつけるという。エリオットやルイスキャロルやジョイスは幼い語りこそが文明以前理性以前の無意識や混沌を表現できるとする。つまりは言葉のコントロールを手放すということ。どれらもキーワードは「規範からの逸脱」だ。

消費は基本的に相手を幼いものとして見ることを前提とするから私たちは「幼いほうが楽しめる」社会に生きてるわけだし、オタクもまた成熟拒否の一環だ。そんな現代では逆に「老い」に「弱さ」を見出したりもする。(介護小説が流行ってるらしい)

 

とまぁこのへんは「ふーんせやろな」くらいの議論なんだけど、一番面白かったのは江藤淳大塚英志の話。

江藤の『成熟と喪失』は有名な評論だけど、その「母と息子の粘着性の高さ(成熟拒否の呪いと、息子の幼児性)」論は、要は江藤自身の同族嫌悪であった。成熟したあとは空虚しかない、喪失感の空洞の中に湧いてくる「悪」を引き受けるのが成熟だ、という結論は、要は江藤と妻のあいだに母息子に似た癒着があったからだし、そして江藤がサブカルを否定するわりに「つるり」としたかわいいものを愛でる姿勢に成熟しつつも息子で居続ける葛藤を見出す。そしてその軋轢を妻が引き受けたのだ、と大塚は言う。(『江藤淳と少女フェミニズム的戦後』)

江藤の語りの明瞭さそれ自体が成熟の証拠だ。だとしたら、むしろ批評は「明瞭なもの」を語り得ない。混濁を明瞭にするのが批評だからだ。だけど「幼さの文化」は過剰に明瞭(=批評を有効にしない)(つるりとしている)(わかりやすく、くっきりした輪郭とともに造形される)のだとしたら、江藤は構造的にサブカルを語り得なかったのではないか、とするのが阿部の論。これはなるほどなと思った。

 

あとちょっと浮いてんなと思ったのが、村上春樹論。多崎つくるを題材に、「静寂」こそが会話を邪魔されずに雑音なしに遂行させ、それは村上的自然さに繋がると言う。雑音に満ちたこの世界で、規範を見出したいのが村上の主人公なのである。それは村上が「耳を傾ける」作家だから。

羊の静寂について考えてたところだったからふーむと思いつつ読んだ。成熟拒否と村上春樹は大きいテーマで、それはたぶん現代とか日本とかいう国にもくっきり通じている。もうちょっと掘り下げたいとこ。